東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)242号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで審決の取消事由について検討する。
1 取消事由(1)について
成立に争いのない甲第二号証によると、第一引用例には、原告が主張する(ア)及び(イ)の各技術事項を含む発明が記載されていることが認められる。
しかしながら、右甲第二号証によると、第一引用例には、右技術事項のほかに、その発明の先行技術に関連して、「この発明は友禅染め等の美しい色模様を施した布地に絞り染め加工を施す方法に関する。従来より、予め上記のような色模様を施した布地にさらに絞り加工を施した場合に、その絞り模様をより歴然と美しく表現したい願望があつた。」(一欄一六ないし二〇行)との記載があることが認められる。そして、布地に絞り染め加工を施す場合に絞り巻き上げ部を多数形成した後非絞り巻付部分を染色加工して変色させることは、後述の第二引用例の記載(特に一三二ないし一三四頁、一四二ないし一四三頁)に徴しても明らかなとおり、この種染色の分野において本願の出願前広く行われていた技術である(このことは、原告も明らかに争わない。)から、第一引用例には、同引用例記載の発明の先行技術として審決が認定するとおり「任意の色と大きさの地柄模様を施した布地に対して、絞り巻上げ部を多数形成して非絞り巻付部分の地柄模様部分を変色加工する」との技術が記載されていると認めるのが相当である。
従つて、原告の取消事由(1)の主張は採用できない。
2 取消事由(2)、(3)について
本願発明と審決の認定した第一引用例の前記記載とを対比した場合に、両者の一致点及び相違点は審決の認定したとおりであることが明らかである。
原告の取消事由(2)、(3)は、いずれも第一引用例には原告が主張する技術事項のみしか記載されていないとの前提に立つて、この技術事項と本願発明とを対比してその差異を論ずるものであつて、失当というほかはない。
3 取消事由(4)について
(一) (原告の(一)の主張について)当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲によると、本願発明は、「画一的な施工法で地柄模様を施した布地多数を予め用意」することが要件とされているのに対し、審決の認定した第一引用例の前記記載からは予じめ用意する地柄模様を施した布地が多数であるか否か、画一的な施工法でこれを施すのか否かは明らかではない。しかし、布地に地柄模様を施すに当り、右布地を特に多数必要とする場合すなわち大量生産をする必要がある場合には、画一的な施工法により多数の布地にこれを行うことは極めて普通のことであるといわざるをえない。本願の明細書(成立に争いのない甲第四、第五号証)を検討してもこの点について特に困難性があつたことを窺わせる記載はない。
そうすると、本願発明における前記の要件は第一引用例の記載に基づいて当業者が必要に応じて容易になしうることであると認められ、審決のこの点に対する判断に誤りはない。
(二) (原告の(二)の主張について)前記本願発明の特許請求の範囲によると、本願発明は、「絞り巻上げの大きさと硬さを適宜加減して相互に異なる絞り巻上げ加工を施した絞り巻上げ部を多数形成」することを要件とするものである。
一方、成立に争いのない甲第三号証によると、第二引用例は手芸染色法の解説書(昭和一五年初版発行)であり、絞り染の基本的事項については一三二ないし一三四頁(第二章第一節)に、巻上絞りの基本的事項については一四一ないし一四三頁(第七節第一項)にそれぞれ詳細な説明がされているほか、絞り染の具体的方法について、比較的労少なくして効能多い染を行うことのできるものとして「精巧な絞りに粗雑な絞りをあしらい変化を与えること」が挙げられており(一三六ないし一三七頁)、絞りの応用と変化の仕方に関して、意外に面白い結果がえられる例として、「絞り糸の細・太」、「絞め方の緊・緩」及び「粒(絞り巻上げ部)の大・小及び粗・密」が掲記されている(一六六頁六ないし一二行)ことが認められる。これらの記載によれば、手作業により布地に絞り染め加工を施す場合に、変化模様を得る目的で絞り巻上げ部の大きさと硬さを適宜加減して変化を与えることは、本願の出願前に広く行われていた技術であることが認められる。
そうすると、本願発明における右巻上げ加工は、前記明細書の記載によれば手作業のものと認められるので、本願発明における前記の要件は、第二引用例の記載に基づいて当業者が必要に応じて容易になしうることであると認められ、審決のこの点についての判断に誤りはない。
(三) 従つて、原告の取消事由(4)の主張は採用できない。
三 よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の特許請求の範囲は左のとおりである。
画一的な施工法で地柄模様を施した布地多数を予め用意し、それらの布地に対して、夫々個々別々に相違する変化柄模様が得られるべく、上記地柄模様の夫々の布地について絞り巻上げの大きさと硬さとを適宜加減して相互に異なる絞り巻上げ加工を施した絞り巻上げ部を多数形成し、然る後に、それらの相互に異なる絞り巻上げ加工が施されているそれらの布における非絞り巻付部分の地柄模様部分に対して変色加工を施し、上記の画一的な施工法で形成された多数の布における同質の地柄模様の夫々を、上記手段の絞り模様が加えられることにより夫々相互に異質の模様に変化させることを特徴とする画一的な地模様を施している多数の布地の地柄模様を相互に変質させる絞り手段が加えられた多数の絞り布の量産製造方法。